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素直なツーピース (1)
〜 Clover Heart's 二次創作 〜

白兎ED後の、おはなし。


朝の日差しに誘われてカーテンを開けると、途端に部屋の空気が暖かくなる。
少しだけくすぐったさを残す初夏の太陽。今はまだ東で柔らかく輝いてるけど、今日は少し暑くなりそうだ。

この頃は朝の空気が美味しく感じる。
色々あったけど、玲亜がいて、莉織がいて、久遠さんがいて、そして……夷月がちゃんといるこの家だから、そう感じさせてくれるのかもしれない。

ん、起きよう。
日曜日の朝は二度寝……もいいかもしれないけど、今日の太陽は何かそれをもったいないような気にさせてくれる。

手っ取り早くパジャマを脱いで、ぱりっとしたYシャツに袖を通す。
ロベルトがいつもアイロンがけをしてくれるおかげで、着替えの瞬間が気持ちいい。
次いで大きめのジーンズを履いて、まくれている布団を整える。

ベッドのシーツに、まだ少しだけ僕のものではない温もりを感じた。
かすかに残る女の子の香り。少しだけ昨夜のことを思い出して恥ずかしくなる。
……何度も何度もしてるのに、慣れないというか何というか。何でこう、顔がにやけちゃうんだろう?
今の顔を莉織が見たら、またため息混じりに呆れられちゃいそうだ。

い、いけないいけないっ。
せっかくさわやかな朝なのに、こんなえっちなこと考えてたらだめだ!

……顔、洗ってこようっと。


「あ、白兎、おはよっ。
 珍しいね? 日曜の8時に起きてるなんて」

ドアを開けて廊下を出ると、玲亜がちょうど階段を上がってきた。
いつものオーバーオールに、今日はライトグリーンの半袖ブラウス。
髪はいつものように二か所で括られて、玲亜の動きといっしょに元気に跳ね回っている。
廊下には直接日が射してこないけど、玲亜がいるだけでぱぁっと明るくなっちゃう感じ。

「もうすぐご飯だよー。顔洗ってきてね」

それだけ言うと、玲亜はてってってっと軽い足音を立てて階段を降りて行った。
少しだけそれを追いかけるように、僕も下に降りる。
いつまでも寝ぼけた顔で玲亜を見る訳にもいかないもんね。


「はい、タオル」
「ん……ありがと、玲亜」

冷たい水を浴びてすっきりとした僕に、玲亜は大きめのタオルを渡してくれた。
まだ水に滴っている顔を拭くと、ふわふわの綿の感触が柔らかく僕を包んでくれる。

「……」

ちょっとだけうっとりとしている僕を、玲亜はのぞき込むようにして見つめてくる。
サファイア色の瞳と、どこか日本人離れした真っ白な肌が僕の顔に急接近。

……きょ、今日も可愛いなぁ。
でも、昨日の夜は、えっと、その、この顔に……
って! そうじゃなくって!

「……ど、どうしたの?」

努めて冷静に言ったつもりだったけど、声が裏返ったかもしれない。
でも、玲亜はそんなことはお構いなしと言わんばかり。

「ね、白兎。……何か、気づかない?」
「?」
「……むー……」

ずぅっと見つめてると、玲亜の表情がめまぐるしく変わっていく。
もじもじ、わくわく、かと思うとしゅんとして、むすっとして、でもまたもじもじとして……

……なんだかわからないけど、可愛い。
でも、昨日の夜は、っていうか昨日の夜も、えっと、その、この小さいお口で……
あああ! そうじゃなくって!

……?
あ、あれ? お口?

いつも瑞々しい唇が、ほんのりとその艶を増しているような……

「玲亜……新しいリップ、してる?」
「……!」

朝日が昇ったように玲亜の顔がぱぁっと明るくなる。
……良かった。こういうことって気づいてくれないと悲しいんだよね。僕が逆の立場だったらそうだもん。
ちょっとだけ男の株が上がった感じかな。自惚れだけど。

「すっごぉい白兎、良くわかったね〜。
 こーゆーコト、お鈍(にぶ)さんかと思ってた」
「あ、あはは……
 でも、もうちょっと早く気づいてあげたかったかな」
「ううん、そんなことないよ?」

そう言うと、すっと僕の首に手を回して背伸びをしてくれる玲亜。
僅かに目をつぶって、おねだりのポーズ。
僕も玲亜の腰を抱き寄せて、艶を帯びたその唇に顔を寄せる。

「ん……」

唇を合わせるだけの軽いキス。
玲亜のそこはいつものように温かくて、その艶の分だけ少し苦かった。

「んふ……っ、ね、これ以上はダメ。
 せっかくのリップが落ちちゃう」
「あ……そうだね」

名残惜しそうにお互いの唇が離れる。けど、玲亜の言うことももっともだし、いきなり朝からがっついたりはしたくないし。
……僕だってそれくらいの理性は持ってるよ。きっと。うん。

その代わり、玲亜の鼻先をちょんっとつつく。
えへ〜、という感じで玲亜の顔がふにゃっとなる。
……可愛いなぁ、もぉっ。

「……お楽しみのところ、悪いんだが」

「ひゃ!」
「うわぁ!」

反射的に離れる僕たち。
洗面所の入り口を見ると、夷月が呆れ顔で立っていた。

「い、夷月、いつから……その、そこに?」
「いつからだっていいだろ? それより早く顔を洗わせてくれないか?
 こんな早くに莉織に起こされた上に、朝から兄貴達に見せつけられちまったからな。そろそろさっぱりしたい」

ばつが悪そうな二人をよそに、洗面台に向かう夷月。
蛇口をひねる音がして水が流れ出す。
そんな冷静な夷月が面白くないのか、玲亜は唇をとがらせてぷりぷりして。

「なぁによぉ、年がら年中いちゃいちゃしてるのは夷月と莉織だっておんなじのくせに」
「う、うるさいぞ、そこ!」

しっかりと玲亜に文句を言いながらも顔を洗う夷月。
割と器用……というか、ちょっと微笑ましい、かも。
こんなふうに、前のように犬と猿も寄り付かないような仲でなく、お互いに冗談を言い合える仲になった夷月と僕達。
やがて再び栓をひねる音がして、夷月がタオルを手にする。

「……兄貴は……気づいたか、くそっ」
「?」
「な、何でもないっ。
 ほら、早くいけっ。早く朝飯食おうって莉織と久遠が騒いでたからな」
「あ……うん。夷月もね?」
「おう」

短い返事の後、促されるままに僕達は洗面所を後にしてリビングに向かった。


「おはようございます、白兎さん」
「おはよう、莉織、久遠さん」

リビングでは、温かいみそ汁の匂いが僕を出迎えてくれた。
いつもの清廉なメイド姿で久遠さんがご飯を運んでくれている。

今日の朝ごはんは和食みたい。
玲亜お得意の肉じゃがに、いんげんのおひたし、大根と三つ葉のおみそ汁。
なんてことはないメニューだけど、その美味しそうな匂いと彩りに僕のお腹はぐぅ、と正直に唸り声を上げちゃう。

「あ〜、はしたないんだー」
「しょ、しょうがないだろ、肉じゃが美味しそうなんだから」
「ず、ずるいよぉその言い方ぁ」
「なんで?」
「だ、だって、その……も、もう、ばかっ」

そう言って玲亜は僕の袖を引っ張りながら、うつむき加減にもじもじしちゃう。
もちろん、肉じゃがが玲亜のお得意料理なのがわかってるから。
うーん、やっぱりこういう言い方って卑怯?

「はいはい、朝からラブなのもいいけど、まず席に着きなさい」
「はぁい」

……久遠さんの一言は、まさしくその通り。
いちゃいちゃしてるだけじゃ、ずっとお腹は空いたままだしね。
くっついていた僕たちはとりあえずテーブルの反対側同士になる。

少し遅れて、キッチンの方からひょこっと莉織が顔を覗かせる。
あれ?という感じできょろきょろと僕の周りを伺う彼女。その表情を見れば何を探してるかがわかっちゃう。

「夷月ならもうじき来るよ。今洗面所で会ったから」
「あ……ありがとうございます、白兎さん」

ひよこのアップリケがついたエプロンを脱いで、いそいそと席に着く莉織の姿がなんかちょっと可愛らしい。
恋する乙女って感じが全開で、本当に柔らかい感じがするんだ。
こう言うと玲亜に怒られるかもしれないけど、双子なのに莉織には落ち着いた笑顔が似合うって言うか。

そんな莉織の表情がぱぁっと明るくなる。
目線はリビングの入り口。さっぱりした姿の夷月がちょうどドアを開けて入ってきたところに誰よりも早く注目して。

「ああ、俺が最後か。すまん」
「いいよ夷月、早く席について」
「……ああ」

莉織に促されるまま、僕のとなりに腰掛ける夷月。
このごろは、ちょうど玲亜と僕、莉織と夷月が向き合うような座席の位置が定着していた。

「じゃぁ」
「うん」
「いただきまーす」
「……いただきます」

手を会わせて一番最初に箸を伸ばすのは、僕は肉じゃが、夷月はおみそ汁。
それを見守るお姫様が二人。

「うん、今日も美味しいよ」
「……そうだな」

僕と夷月の一言が、お姫様の表情をぱぁっと花開かせていく。
いつもの朝食の風景。玲亜と莉織、それに久遠さんが作ってくれる朝食が美味しくないことなんてあるはずがない。
こうして可愛い彼女と一つ屋根の下、片時も離れず、しかも家庭料理付きなんて贅沢すぎる話だとは思うけど。
でも、この朝食の風景は僕にとってやっぱりかけがえのないものだから、一つ一つ噛みしめて、ゆっくり味わっていこうと思う。

おひたしに舌鼓を打つロベルトと、僕達を優しく見守ってくれる久遠さん。
皆の温かい空気に包まれながら、僕もそっと湯気の立っているおみそ汁に口をつける。
細切りの大根は夷月の好みどおり、さっと茹でられていてしゃきしゃきとした歯ごたえが気持ち良かった。


「ごちそうさま」
「ふぅ、ごちそうさん」

夷月と二人、ほぼ同時に箸を置くと久遠さんが僕にお茶を差し出してくれた。

「ふふっ、お粗末さまでした。みんな美味しそうに食べてくれるから、こっちも作り甲斐があるわ」
「そりゃぁ美味い料理を食ってるんだ、そういう風に見えない方がおかしいだろ」
「ふふっ……それもそうね。夷月も言うようになったじゃない」
「しょっちゅう鍛えられてるからな、久遠には」

僕にはお茶、夷月にはコーヒー。
挽きたての香りを楽しむように、夷月はゆっくりとカップを顔に近づけて琥珀色の液体を揺らめかせる。
く、とカップを傾けて喉を鳴らす夷月は、僕と同い年とは思えないほどに落ち着いているからちょっとくやしい。

なんでも、鮮度のいい豆を丁寧に挽けばブラックでも甘味があるんだとか。
どうやらコーヒーに関しては夷月も知識が豊富らしく、この間なんかデパートで久遠さんに豆の選び方を
レクチャーしてたりもしてたっけ。
うーん、こういうのって男らしいというか、僕ってそういうの苦手なんだよね。
今もコーヒーよりお茶だし。


「でさ、莉織。……どうだった?」
「あ……う、き、気づいては、くれた、よ?」

温かいお茶で一息ついている時に玲亜が話を切り出して来た。
にひひ、と小悪魔のような笑い方の玲亜。何かいやぁな予感がする。

「ふーん、どの時に?」
「れ、玲亜のほうはどうだったの?
 私だけ言うなんて恥ずかしいじゃない」
「え? あは、えへへ……
 そ、その、えっと、近くで見つめあったとき、かな?」

いまいち話の内容が掴めないけど、これはこう……僕にも話が振られそうな内容なんだなってことは判る。
隣では優雅にコーヒーを飲んでいた夷月の眉が微妙に釣り上がってる。

……あ、あれ? 夷月?

「さ、さて、俺はもう行くかな」
「ちょっと待った!」

半ば慌てて席を立とうとした夷月を玲亜が制する。
ビシィ!って擬音が立つように人差し指で夷月を指したかと思うと、顔はまた例のにやにやした笑いに逆戻り。

「ふっふーん。で、莉織? 夷月はどうだった?」
「あ……あの、その……キス……したとき……」
「やったぁ! あたしの勝ちぃ!」

絶妙に台詞が尻すぼみな莉織をよそに、玲亜は勝ち誇ったように腰に手を当ててふんぞり返って。
な、なんかよくわからないけど、玲亜が勝った……のかな?

「れ、玲亜? 僕には微妙に話の流れがわからないんだけど……」
「あーもう! ここまでいってわかんないかなぁ!?
 白兎、あたし達見て気付かない?」

玲亜を見て気付いたといえば、今日の朝のリップ。
あたし達ってことは、莉織も……ってことだよね?

……。
あ。
莉織も、今日は同じリップ、してる……?

「あ、あの、ちょっとだけ、勝負……というか競走、してたんです。
 玲亜と私で、新しい口紅を同じようにつけて、どっちが先に気付いてくれるか……って」

そんな僕に、しどろもどろになりながら説明してくれる莉織。
……な、なんていうかそれ、バカップル選手権?

「ね、ね、気がついたでしょ! ほらほら白兎って意外と見る目あるんだよ〜?」
「や、やかましい! それはただ単に兄貴がエロっちい目線してるってだけだろうが!」

あ、あの、さりげなくひどい事言われてない、僕?
っていうか夷月、さっきまでコーヒーを愉しんでいたジェントルマンな雰囲気、自分からぶち壊してるし。

「ふにぃぃぃぃっ! あんたみたいな唐変木にそんな事言われたくないわよ!
 ただの負け惜しみじゃない、それ!」
「んな、年中盛ってるような奴に言われたくねぇ!!」
「い、いつ盛ってるって言うのよ! これだって少しは我慢してるんだから!!」
「我慢してる奴が堂々と洗面台の前で抱き合ってるのかよ!
 兄貴もそうだ、朝っぱらからふにゃけた顔見せつけられた身にもなれってんだ」
「う、で、でも、女の魅力っていうのに気づかないのはそれだけで罪なんだから!」
「魅力とエロさは別物だって言ってんだよ!
 それに全然フェアじゃないだろうが! さっきだってそうだ、ねぇほら…なんて莉織が迫ってきて、
 抱きついて顔近づけられたら誰だって照れて目を背けるって! それで気付けってのかよ!?」

…………。
……。

覆水盆に帰らず、という言葉があるけれど。
言葉ってまさしくその通りだと思うんだ。
口から出た台詞を無かった事にする、ってことは凄く難しい事だと思うんだよ、夷月。

まずった、と口に手を当ててうろたえる夷月。
その一言で俯いて顔が真っ赤っかな莉織。
してやったり顔で、小うさぎを執拗に可愛がる子供のようにきらきらとぎらぎらの中間のような目つきの玲亜。

や、やっぱり止めた方がいいよね、これって。

「あのさ玲亜、そろそ」
「はぁい、みんなそろそろいいかしら?」

ぱんぱん、と手を叩きながら久遠さんが一喝。
リビング中に響き渡るその声は、僕の声なんて完全にかき消してはるか上をいっていた。

「夫婦漫才×2もいいんだけど、そろそろ周りの迷惑ってものも考えてね〜?」
「あ、あたし達は別にそんなつもりじゃ……」
「あら、朝早くから口紅が〜とかキスした〜とか、そういう会話はバカップル以外の何者でもないと思うんだけど?」
「う……」

今まで絶好調だった玲亜も、久遠さんにはたじたじ。
それは僕を含め4人ともそうだった。
ロベルトは我関せずというか、今助けを求めても『――わっはっは、仲良き事は美しき哉ですぞ――』みたいに
微妙に的外れな流され方をされて終わりの気がするし……

「うふふっ、私には今の騒動も含めて引き分けってとこに見えるんだけど、
 その場合は両方にお仕置き、でいいのかしら?」
「べ、別に勝負って言っても何かお仕置きとか、賭け事してた訳じゃ」
「でも、裁定者は中立の立場のほうがいいと思うわよ。
 今日は外出の予定無いんでしょ? だったら喧嘩両成敗ってとこで、皆に手伝ってもらっても構わないわよね?」

丁度台所の食器と書斎の風通しをしようと思ってたのよね〜、と続ける久遠さん。
この目はやる気満々だ。というかもう僕たちが何を言っても無理な目……と思う。

というか、久遠さんにしてみれば飛んで火に入るなんとやら、という格好なんじゃないかな、これ?

「さ、やるわよ。15分後、0930に玄関ホール集合!」
「『ふぁい……』」
「返事がヌルい!!」
「『はいっ!』」

しょんぼりしているお互いのお姫様を慰めながら、やれやれという感じでお互いを見る夷月と僕。
……これも僕たちにとっては普通の日曜日、かも。

(続く)


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